会社を愛することと、社員を支配することは違う

ある企業のオーナーが、英語の質問に答えられなかった従業員に激怒し、暴言を浴びせ、椅子などを投げたと報じられました。

報道された行為が事実であれば、もちろん許されるものではありません。

一方で、私は、このオーナーが会社を嫌いだったとは思いません。むしろ会社を愛し、海外からのお客様が増える中で、「従業員には最低限の英語を身につけてほしい」という強い危機感を持っていたのではないでしょうか。

しかし、ここに経営者が陥りやすい大きな落とし穴があります。

会社を自分の子供のように思い、従業員まで「自分が育ててやっている昭和の子供」のような感覚で扱ってしまうことです。

「会社のためを思って言っている」

「なぜ、こんな簡単なこともできないのか」

「厳しく指導しなければ本人のためにならない」

経営者本人には悪意がないのかもしれません。むしろ、愛情や責任感から出た行動だと思っている可能性があります。

しかし、受ける側にとって、それは愛情ではありません。恐怖であり、威圧であり、人格を否定された経験として残ります。

そもそも、従業員に英語力が必要だと判断したのであれば、突然テストをして、答えられない人を叱ることが経営ではありません。

どのような場面で、どの程度の英語が必要なのかを整理し、会社として教育する仕組みをつくるべきです。

現在は、生成AIを使えば、一人ひとりの英語力に合わせた研修ができます。AIを外国人のお客様に見立て、接客のロールプレーを繰り返すこともできます。分からない単語を何度質問しても、AIは怒りません。社員も人前で恥をかくことなく、自分のペースで学べます。

管理者は、AIによる練習だけでは補えない接客姿勢や判断力を、人として指導すればよいのです。

つまり、AIと人間の役割を分けて使えばよいのです。

知識の習得や反復練習はAIが支援し、意欲を引き出し、実際の接客につなげる役割は人間が担う。この仕組みをつくることこそ、本来の経営です。

それをせずに、社員個人の努力不足として怒鳴っても、英語力は上がりません。社員が覚えるのは英単語ではなく、「失敗すると怒鳴られる」「分からないことは隠した方がよい」という恐怖です。

恐怖で人を一時的に動かすことはできます。しかし、恐怖から自発性や挑戦は生まれません。社員は失敗を隠し、問題を報告せず、経営者の顔色だけを見るようになります。

さらに、会社の正式な指揮命令系統を外れたオーナーが現場へ直接入り、感情的に従業員を指導し、それを誰も止められないのであれば、これは個人のパワハラだけではなく、ガバナンスの問題です。

社長が不在でも、組織が正常に運営される仕組みをつくることが経営です。特定の人物がいなければオーナーを止められない会社では、再発防止にはなりません。

また、一般的なハラスメント研修だけで解決する問題でもありません。問われているのは、オーナーや経営者自身の感情と権限を、組織としてどのように制御するかということです。

社員は、経営者の子供でも所有物でもありません。それぞれに人格があり、生活があり、会社を選ぶ権利を持った大人です。

会社を本当に愛しているのであれば、自分の感情を社員にぶつけるのではなく、社員が成長できる環境をつくらなければなりません。

AIの時代に経営者が考えるべきことは、「できない社員をどう叱るか」ではありません。

「人とAIをどのように組み合わせれば、社員ができるようになるのか」です。

経営者の情熱は、会社を成長させる力になります。しかし、制御されない情熱は社員を傷つけ、最後には会社そのものを壊します。

「会社を愛している」という気持ちは、決して免罪符にはなりません。会社への愛情は、怒りではなく、社員が成長できる仕組みに変えてこそ価値があるのです。

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